静かなお粥のほとりから

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

先のことを考えずに過ごした

25日は、先のことを考えないようにして過ごした。

ジムに行き散歩をし、喫茶店でただソイラテを飲んで、帰宅してガパオライスを作った。わたしはいつも、これからどうやって働いていくか、何を書くべきか、どうやって生きていくかを常に考えていた。ただその日を過ごすのは、いつぶりだったのだろう。

2週に一度病院に行くたびに先生に「これからは、このように働いていこうと思うのですが、どうでしょう」と話していたが、いつも先生は困った顔をしていた。自分で自分の調子を理解し、そのうえで計画を立て、前向きな姿勢を見せれば仕事復帰の許可がもらえるのではないかとわたしは思っていたが、半年間それを繰り返し、どうもわたしの考えは間違っているようだと気づいたのだ。昔の恋人の顔も思い出せないのに、いまや先生の困った笑顔はすぐに思い出せる。

毎日のようにノートに書いていた「復帰の計画」や「書きたいもの」「書くべきもの」、「今後の活動」「今後やりたいこと」。25日はそのノートを開かず、普段使っている黒いトートバッグにしまったままにして過ごした。頬を冷やす夜風のなかを散歩しながら、これがプレーンな自分の状態か、と思う。

 

いつも今後のことを考えていた。やるべきこととか、方向性とか。そうしなければ、この東京で置いていかれてしまう。見放されてしまう、馬鹿にされてしまう。そんな焦りのなかに自分を置いていた。

文章を書いてもパンを焼いても、そのほか営みのひとつひとつを「何かに活かさねばいけない」「どうすれば何かに活かせるか」と考えていたように思う。いつの間にかそれは「思考」ではなくただの「癖」になった。惰性の癖からは何も生まれることはなく、それがわたし自身をより焦らせ、追い詰めていたのかもしれない。

意識してその癖が発動しないようにして過ごした25日の心は、波打たなかった。穏やかで落ち着いていて、深呼吸をすると胸の底までしっかりと外の空気が入ってくるような感覚があった。先生はわたしに先のことを考えさせるために休ませているのではなく、こうしたプレーンな日々を過ごさせるために休ませているのかもしれない。そう思った。

 

癖はなかなか抜けない。どうしようどうしようと狼狽えるだけの、思考未満の無駄な時間がわたしの心を少しずつ削っていく。知らないおじさんやゾンビや憧れのひとの姿となって、焦りが夢にまで現れる。Twitterの活発なタイムラインを見ていると、プレーンな時間を過ごしているひとなど誰もいないように感じる。本当はきっと、タイムラインに表れないところに、それぞれの大切なプレーンの時間が流れている。たぶん。

切り替えが下手、ということなのかもしれない。先のことを考えない、と決めて過ごすのは最初は少し怖かった。自分がいる意味のないものになってしまいそうで。でも、自分で主体的に決めて過ごすプレーンな時間は、まったくの無駄ではなく、むしろ必要のある時間だと感じられた。

わたしはまた先のことを考える日々に戻っていくだろう。けれど、それは惰性ではなく思考であるようにしていきたい。そのために、意識してプレーンな時間を過ごそう。意味のある自分から意味のない自分に成って過ごす時間は、自分にとっては意味のあるものになる。

 

今年つくったシュトレンは、家族や友人のところで食べてもらえた。
来年はもっとたくさんつくって、さらにいろんなひとに食べてもらえたらいいな。
(また先のことを考えている。)

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