粥日記

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

2022年上半期に見た舞台感想 -陰陽師・冬のライオン・鬼滅の刃-

年始にふと、2022年は「舞台」に興味を持とうと思った。

わたしは普段仕事で主にドラマのレビュー記事を書いている。脚本や演出にももちろん注目するが、最も目を奪われるのが俳優たちの仕事ぶりだ。わたしは演技の上手い下手を感じる能力は低いが、俳優たちがどんな運命で、あるいはどんな努力でその役に出会ったのかや、なぜ彼らがキャスティングされたのだろうという意図を知ったり考えたりするのを面白く思う。そして、「俳優」という仕事、または生き方に、自分の中にはない強烈な魅力を感じ、羨ましく感じている。

そんな自分を振り返ったとき、ドラマや映画の中の俳優ばかりを見ていて良いのかという思いが芽生えてきた。たとえば、ディーン・フジオカという俳優を知りたくて、彼のコンサートを見に行ったことがある。同じように、コンサートや舞台に立つ俳優の姿も見ておくべきではないか。

こんな思いから、舞台初心者のわたしが今年は少しずつ観劇の機会を増やしている。

三宅健主演『陰陽師 生成り姫』

3月の初旬に見に行ったのが、舞台『陰陽師 生成り姫』だ。昨年V6が解散し、ソロ活動をスタートさせた三宅健の主演舞台である。彼が演じたのは、主人公の安倍晴明だ。

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夢枕獏原作の『陰陽師』といえば、2001年に公開の映画がいまでも強く印象に残っている。晴明を野村萬斎源博雅伊藤英明が演じていた。今回、舞台で博雅を演じたのはジャニーズの林翔太。V6に憧れてジャニーズに入り、舞台経験の豊富な俳優だ。

三宅健が晴明を演じると聞いて気になっていたのは、彼の特徴的な高いトーンの声をどう活かすのだろうということだった。幻想的で大掛かりな新橋演舞場の舞台装置、そしてこちらもまた幻想的な蜜虫(岡本玲)たちが舞台を飛び回る様子。その空間において、三宅健の声もまた人知を超えた不思議な存在を形づくる一片となっていた。違和感はなく、むしろ晴明という人物の浮世離れした感じにとてもよく合っていた。まさに「三宅健でなければできない安倍晴明」だった。

対して、林翔太が演じる博雅は親近感の湧く素直な優男。鬼や精霊の飛び交う世界では彼のほうが異質に思えるほどの純朴さだった。野村萬斎伊藤英明がそうであったように、安倍晴明源博雅には「対比」と感じられるほどのコントラストがなくてはならない。世間で「歳を取らない」と言われており、声も特徴的なために、そのままでもどこか周囲と違う存在感を持っている三宅健。普段の林翔太をわたしはほとんど知らないでいるが、すでに確固たる個性をまとった三宅健に対して、林翔太は十分にその差異をつくり上げていた。

2002年に『忍風戦隊ハリケンジャー』でクワガライジャーを演じていた姜暢雄と、元・NMB48太田夢莉が出演していたのは、思わぬ収穫であった。ふたりは藤原済時と綾子姫という恋人同士の役。舞台の空気感を壊さない済時の絶妙なコミカルさは、姜暢雄の器用なバランス感覚を感じられた。そして、わがままで乱暴なところがある綾子姫を演じた太田夢莉NMB48時代は活躍を見ていたが、俳優としての彼女を見るのはおそらく初めて。舞台経験の多い俳優陣の中で、我を突き通す綾子姫をのびやかに演じていた。肝の据わった子だ。今年は、橋本環奈主演の映画『バイオレンスアクション』に出演、公開が控えている。悪役であっても見ていて気持ちの良い演技をする彼女を見るために、この映画を見たいと思ったほど惹かれた。

ドラマや映画は俳優たちの最も素晴らしい場面を見せてくれるが、舞台の醍醐味は、自分が目を凝らすことで思わぬ俳優たちの魅力を発見できることだと感じられた。

佐々木蔵之介主演『冬のライオン

また、3月には佐々木蔵之介主演『冬のライオン』を見に行った。他に、葵わかな加藤和樹水田航生、永島敬三、浅利陽介高畑淳子が出演する豪華な舞台である。

俳優陣が豪華な分、舞台セットも同様に豪華絢爛なのかと思いながら見に行くと、まったく想像とは違っていた。佐々木蔵之介が演じるイギリス国王ヘンリー2世は、クリスマスに息子たちと妻、愛人とその兄を城に呼び寄せる。話はいくつもの部屋で展開していくが、主に壁の装飾が変わっていくだけで、大きなセットの変化はない。それでも、その部屋では誰が場を支配し、誰と誰の感情がぶつかり合っているのかを見ているだけで、その場所は生き生きと動き出していく。

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舞台俳優からキャリアをスタートさせた佐々木蔵之介の舞台での演技は、まさに水を得た魚といった様子である。佐々木蔵之介が発するセリフのひとつひとつに、ヘンリー2世としての感情があり、その後ろに彼自身の演じる喜びが染み出しているような演技だった。そして、ドラマや映画で見る彼の眼の力のキレは、一瞬一瞬が勝負となるこの舞台で培われていったのだと、目の当たりにできた。

また、葵わかな高畑淳子の演技を生で見ることができたのは、大きな喜びだった。

葵わかなは、2019年の『ロミオ&ジュリエット』以降、舞台の経験を積んできた。わたしは彼女がアイドル「乙女新党」のメンバーとして活動していた頃からのファンだが、舞台を見るのは初めてだった。ヘンリー2世の正妻・エレノア(高畑淳子)に育てられた娘のような存在でありながら、ヘンリー2世の愛人となったアレー。葵わかなが彼女を可憐に演じるであろうことは想像できたが、その予想を超えて、佐々木蔵之介高畑淳子と渡り合う良い意味での我の強さ、胆力のある演技に驚いた。エレノアに「お母さま」と細い手足をよろめかせながら駆け寄って抱き締めるも、その直後にエレノアを刺し殺してしまうのではないかと思わせるほど、心に何かを渦巻かせている若きアレー。それを葵わかなが表現し切っているのを見られたことが、何よりの幸福だった。

また、一生に一度は生で見たいと思っていた高畑淳子の演技。ヘンリー2世は息子たちからも見放され、意のままだと思っていた愛人も成長し自我を持っていく。そんな彼を憎みながらも、孤独を抱える者、人生の終盤(=冬の時代)を迎える者同士であるという悲哀で強く結ばれているエレノア。ヘンリー2世に心を乱されながらも、最終的にはどこか彼よりも上手(うわて)な部分を持つ女性だ。心に愛情と憎悪を飼い続けてきた長い年月を、高畑淳子の演技が痛いほど感じさせてくれる。「エレノア」という役を演じるのは短い期間であるにも関わらず、彼女の長く深い孤独な時間の長さを感じ、想像せずにはいられない。当たり前のようで、不思議なことである。俳優の仕事というのは、本当に面白く、時の長さすら超越してしまう力が羨ましい。

【番外】小林亮太主演『舞台 鬼滅の刃 其ノ弐 絆』

『舞台 鬼滅の刃』は、今年ではなく2021年の8月末にライブビューイングで見た。同じ月に、映画『ベイビーわるきゅーれ』を観て、俳優・髙石あかりから目が離せなくなり、映画館からの帰りの電車で慌ててライビュのチケットを取った。彼女は、舞台で竈門禰豆子を演じているのだ。

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わたしは『鬼滅の刃』の原作漫画ファンである。特に那田蜘蛛山編と、そこに登場する鬼の累、そして禰豆子の「爆血(ばっけつ)」という能力(血鬼術)が初めて発揮される場面は大好きで何度も読み返している。

今回見た舞台は、まさにその那田蜘蛛山編。累を演じた阿久津仁愛が、累そのままにこどものように見えるのが不思議で、どういう身体の使い方をしているのだろうと目が離せなかった。爆血の場面にも、原作を重んじたと思われる凝った演出がなされていた。

鬼滅の刃』は、漫画はもちろんだがアニメも人気の作品だ。しかし、わたしは先述のとおり原作漫画が好き。アニメもアニメで素晴らしいが、そちらに引っ張られることなく、原作の世界観と舞台だからできる『鬼滅の刃』を大切にしていてほしいと勝手ながら願っていたが、まさにそのとおりの演出と演技。自分でも驚くほど食い入るように舞台を見ていた。

そして、髙石あかりである。禰豆子は竹を咥えており、基本的には「むー」とか「うんうん」のような言葉しか話すことができない。それどころか、兄である主人公の炭治郎たちと一緒にいると、言葉を発しないで場面が終わってしまうこともある。

しかし、髙石あかりの演技は雄弁だった。ことさらに大袈裟に動いているわけではないのに、彼女がどこを見ているかがすぐにわかる。大きな瞳の力だろうか。場面や、他の登場人物たちの会話の内容に合わせて、身体の脱力と緊張、強張りで緩急をつくっていることも見て取れた。こう書いてしまうと当たり前のようだが「言葉を発せない」という制約付きの中でそれをおこなっているのだと考えれば、どれほど自分の肉体を繊細にコントロールしているのか。想像がつかない。

その繊細な肉体のコントロールは、アクション映画である『ベイビーわるきゅーれ』でももちろん活きていた。映画を見た直後に舞台の観賞を決めた自分の判断を褒めたい。短期間に押し寄せるような髙石あかりのポテンシャルを見せつけられ、しばらくはその余韻から抜け出せなかった。

下半期の予定など

下半期は、7月に吉岡里帆主演『スルメが丘は花の匂い』を見に行く予定。宝塚の『HiGH&LOW -THE PREQUEL-』も見たいけど、チケットが取れるのかどうか。これまであまり自分で舞台のチケットを取ることがなかったので、わからないことばかりだ。

その他、『パレード』や、ジャニーズの「ふぉ~ゆ~」の辰巳くんが出演している舞台も見たいし、元「アンジュルム」メンバーの田村芽実さんが出演する舞台も見たいなあ。それから、松居大悟監督の舞台『くれなずめ』(2017年)を見に下北沢の小さい劇場にいったことがありまして。せっかく東京に住んでいるのだから、下北沢の小劇場を巡るのもやってみたいなあと思ったり。

何をするにしても、わたしのような舞台初心者は、まだまだ公演やチケット購入の情報収集を習慣化することが必要な段階だ。調べたり詳しい方に質問したりしながら、無理のない楽しめる頻度で触れていきたいと思う。