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わたしとたのしいくらし

えりぴこの暮らしとお仕事

※ネタバレあり※ アイドルが好演するシスターフッドと男性との関係性。アンジュルム演劇女子部「モード」感想

「苦しむことになるかもしれない。
 でも、夢を見るべきだと思う。
 だって私たちは『人間』だから!」

 

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2016年10月1日から全労済ホール スペース・ゼロにて公演中のアンジュルム主演舞台、演劇女子部「モード」。
初日に見に行くことができた。

 

良家のお嬢様である美智子(上國料萌衣)は、結婚を前に自分の人生に疑問を感じた。婚約者の実(室田瑞希)と見た映画『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンのように、1度くらい自分のしたいことをしてみてもいいんじゃないか。
女中・良子(相川茉穂)の支援もあり、美智子は雑誌『週間近代』のファッションモデルの求人に応募する。オーディションで美智子を待っていたのは、様々な動機でモデルを目指すライバルたち。そして、鬼の女編集者・弥生(和田彩花)だった。

公式サイトには、下記のようにあらすじが書いてある。

1970年のはじめ、まだまだ女性の社会進出が難しい時代。
女性ファッション誌創刊に熱意を燃やす女編集者と、モデルとなった良家のお嬢様がいた。
アンジュルム主演でお送りする、自分らしく生きようと闘う女たちの物語。

(引用:コンサート&イベント|ハロー!プロジェクト オフィシャルサイト

 

 編集者・弥生を目の敵にする副編集長は、なぜ自分の邪魔をするのかと弥生に問われてこう言い放つ。

「女のくせに、男の仕事を取ろうなんて、生意気だからだよ!」

ファッションで自分らしさを表現したいと奮闘するモデルたちや、それをサポートするカメラマン・幸太郎(竹内朱莉)に対しても、吐き捨てるように言う。

「水着とか、着物をはだけさせるとかあるだろう!
 男が喜ぶ写真が撮れればいいんだ!」

控えめで口答えせず、白いフリルのついたワンピースを着る女性以外を貶めないと気が済まない副編集長。
弥生は「日本人のファッションマガジンを創刊する」という自分の夢と、モデルたちを守るために戦っていく。

「モード」は夢を追いかける女性の物語である。同時に、男女雇用機会均等法ができるずっと前に、男性社会で戦った女性たちのウーマン・リブのエピソードでもあるのだ。
ただし、ウーマン・リブのストーリーをあまりに期待して見ると深みに欠けると感じるだろう。だけどそれ以上に、私はこの舞台を「アイドル」であるアンジュルムの子たちが演じたということに、とても意義を感じ、感動している。

 

 

日本のアイドルこそ、長い間「処女性」や「ファン(男性)の期待に応えること」を一身に担ってきた存在だ。
アイドルに期待される「処女性」は、単に性交経験がないという事実だけではない。反応がうぶであることや、無知であること、男性の地位や沽券を脅かさないことなど、女性の立場を男性が管理しやすくするための様々な意味が含まれている。また、アイドルという職業をことさらに神聖視し、人権から引き離すような意味合いで用いられる場合もある。
劇中で言われる「従順で控えめで、白いフリルのついたワンピースを着た男性好みの女性こそが『正しい女性』」という女性像の押し付け。アイドルに課せられるファンや世間の期待のイメージと重なった。

 

一方で、美智子がモデルをしていることを婚約者・実に話すか迷い「モデルという職業についてどう思うか」と問うシーンがある。

「モデルなんて、にこにこして手を振るだけ。みんなにジロジロ見られるだけ。誰にでもできる取るに足らない仕事さ」
(※舞台では、こういった旨の回答を、実役の室田がコミカルに歌い上げる。オモシロ可愛い。)

その答えに美智子はショックを受け、モデル業について打ち明けることを断念してしまう。
しかし、実はその後、美智子が1人で何かに思い悩んでいる姿を見かける。そして「彼女のために僕にできることは何だろう」と考える。最終的には「美智子さんを守る」と、モデルの仕事を応援してくれるようになる。
実の持つモデルへの偏見が解消されたという描写は、どこにもなかった(と思う)。きっと実の中では、モデルという仕事のイメージはまだ「誰にでもできる取るに足らない仕事」のままだろう。
それでも美智子の選択を応援したのは「自分にはわからない世界がある」ということを受け入れ、「(自分にはわからなくても)相手の主体的な選択と価値を尊重しよう」と考えたからではないだろうか。「俺にわかるように言ってくれ!」「お前が俺を納得させろ!」という、ありがちな傲慢さが実にはなかったのだ。

 

そんな実の姿は、現実のアンジュルムのファンと重なって見えた。
アンジュルムは、ハロー!プロジェクトの中でも特に反骨精神にあふれたグループだ。前身のスマイレージ時代から、つらいハードルを課せられたり*1、突然髪を切られたり、必要以上にメンバーの容姿を叩かれたりと、長い間不遇の時期を過ごしてきた。

そうやって大人の言うことに傷ついてきた経験から、リーダーの和田彩花が見つけた道がモーニング娘。のような、世代交代を繰り返して永く続くグループにすること」「メンバーが自分らしいアイドル活動ができるような環境を整えること」だった。和田はそのために、不服と思うことがあれば自ら事務所に申し立てをおこなってきた。
元メンバーの福田花音卒業コンサートでは、メドレーの演出や曲目を福田自身が考案した。「自分たちらしさ」にこだわるだけでなく、それを実践し続けてきたグループでもある。
「でしゃばり」「実力もないくせに」「売れてないくせに」と叩かれる心配もあっただろう。それでも「ファンは見守ってくれる」と信じ、可能な限り自分の信じる道を進んできたのがアンジュルムだった。

 

実力派だけど年相応の女の子らしくて可愛いイメージで売り出された初期のスマイレージ。周りに言われるがままに行動していたアイドルはもういない。自分が正しいと思うスタイルを貫ける土壌を、和田をはじめとしたメンバーたちは作りあげてきたのだ。
そしてファンは、世間や誰かが求める「アイドルらしいイメージ」ではなく、和田たちの行動と信じる道についてきた。例えそれが、既存のアイドルのやり方にはあてはまらないものだったとしても(それは逆に、ハロプロらしさの復権だったかもしれない)。
美智子の選択を信じた実の姿は、アンジュルムを信じて見守るファンたちを思い起こさせた。一番泣いた。

 


劇中で、美智子も、弥生も、モデルたちも、働く女性たちはみな何度も男性社会や家父長制の壁にぶつかり、挫折を経験させられる。

「勝てないかもしれない。
 それが現実かもしれない。
 私たちは、無力よ」

そう悲観する弥生を、自分の希望も言えないほど弱々しいお嬢様だった美智子が励ます。

「それでも私は夢を見たい」

「でも、夢を見るべきだと思う。だって私たちは『人間』だから!」と、最初に美智子に話してくれたのは、他でもない弥生だ。

 

女性が手を取り合うシスターフッドの姿を歌と演劇で力強く表現し、さらに、共闘する女性たちに男性はどのように関わっていけるか、というところまで描いてくれた演劇女子部「モード」。そんな物語を見せてもらえるアンジュルムのファンは、本当にメンバーに信頼されていると感じた。築きあげてきた関係性の賜物である。

ストーリーの本筋以外でも、『暮しの手帖』や「あさま山荘」などの1960~70年代の時事ネタが挟まれる部分や、相川茉穂や笠原桃奈、研修生の清野桃々姫が好演するコメディ部分も楽しい。
この日本で生きづらさを抱えている大人の女性に、ぜひ見てほしい励まされる舞台だ。

公演は2016年10月10日まで。

 

公演情報:mode201610

 

追記 ※2017.02.07

1月25日に、DVDが発売されました。サントラついてます。ぜひ。