粥日記

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

匂わせていた女

 別に芸能人と交際していたわけでもないのに、パートナーにあたる人に存在を隠されたまま20代のほとんどを過ごした。その間、「匂わせ」をやってめちゃくちゃ怒られたりもしている。

 30代になってその人とは縁を切り、別の人と交際した。新しい交際相手とのことは互いに誰かに話すことはほぼなかった。そして今に至るまで、私は「匂わせ」をやらずに済んでいる。

 

 「匂わせ」とは、はっきりと明言するわけではないが、それとなく仄めかして気づかれるようにすること。特にアイドルファン界隈では、恋人がいることやアイドルと交際していることをSNSなどで仄めかしたり、間接的に自慢したりすることをそう呼ぶ。

 

 自慢やマウンティングのために「匂わせ」をやる。そう思われることが多いようだ。20代の頃、私もそう言われていた。お前は秘密や約束を守れない、不誠実な人間。自分勝手で嫉妬深く、自意識過剰。周りに迷惑をかけ俺の人生を壊す、頭がおかしい女。

 私はそういう人間だと教えられ、彼の仲間に馬鹿にされ、そうなんだと思っていた。だから、新しい相手と交際するのが怖かった。きっとまた同じことをしてしまう。私は不誠実で嫉妬深い頭のおかしい女なので。

 

 でも、それは起こらなかった。仄めかしたいとか周知したいという気持ちさえ起きず、むしろ今は相手や関係を密かに大切にしておきたいとすら感じていた。10年で私が成長したのかもしれない。環境ももちろん違う。ただ、最も以前と異なっているのは、相手への安心感があることだ。

 

 約10年も存在を隠されてきた一番のメリットは、彼が他の女性と遊びやすいことだった。私にとってはメリットではない。女性と部屋で二人きりになるのはやめてほしい、というのは聞き入れてもらえず、せめて私にわからないようにしてくれと言ってきたが、詰めの甘さはずっと変わらなかった。

 一緒に行った旅行の写真がSNSに上がるが、それはまるで一人旅行のようだった。彼が写真をアップしてしまうと、私は家族以外のほとんど誰にも旅行のことを話せなかった。私はそこにいてはいけないので。「一人旅かい?」「そうだよ!」「そうなんだ! 次は私も連れてって~(^o^)/」「いいね、行こう!」。女友達に対してそうコメントせざるを得なくてしているのではない。芸能人じゃないのだから。彼は自分の意思で書き込んでいるのだ。

 私はいなかった。話のつじつまを合わせるためにそう思い込もうとすると、本当に自分はいなくなってしまいそうだった。一緒にいたことを匂わせるような発言やSNSの投稿をして怒られると、自分がそこに存在していたことを思い出せる。私の夢や妄想ではないのだと確信できて、ようやく安心した。

 

 新しい交際相手は、良くも悪くも正直な人である。私の存在そのものをなかったことにはしないし、自分の利のために私に嘘を吐かせることもない。女性に縁がないわけではないが、私を「嫉妬深い」などと馬鹿にすることがない。馬鹿にされる不安がないし、正直に話してくれるので、冗談めかして軽くたぶん可愛く嫉妬したそぶりを見せられる(本当は、そんなに嫉妬してもいないので半分ポーズだ)。

 過去の彼が言うように、私は不誠実で嫉妬深くて頭のおかしい女なのかもしれない。でも相手によっては、その性質をほとんど出さずに円満にやっていくこともできる。私を不安でコントロールする相手でなければ。

 

 こんな私の脳でも案外優秀なところがあり、私がいなかったことになっていた思い出は、本当に思い出せなくなってきている。私にとって「匂わせ」は、私の存在をなかったことにしようとする者への抵抗だった。自分の記憶や実感が夢や妄想でないことの確認だった。

 きっと、私とは違い、素敵な恋人を自慢したかったり誰かを威嚇したかったりして、自分の意思で匂わせる人もいるのだろうと思う。ただ私自身は、自分の人生の中ではもう二度とああいうことをしなくていいようにと願っている。

 

※一部フェイク