粥日記

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

思い出のスーパーレコード

特に理由はなかったはずなのに、いつの間にか心の中で「これはここで買う」と決めてしまっているものがある。
朝食のパンは、最寄り駅前のパン屋さんで買う。文具は、新宿の世界堂東急ハンズで買う。和食器は、友人が教えてくれたセレクトショップで。
繰り返すけれど、特に理由はない。でも、なんとなくそこで買ったほうが良いような気がする。よそで買うと、心にモヤッとしたものが生まれる。結局そこに戻って来てしまう。

 

私にとってのそんな場所の一つに「CDショップ」があると気付いたのは、2016年9月のことだった。
高校生の頃に溺れるように聴いていたヴィジュアル系バンド・メトロノームが、活動停止から7年ぶりに復帰しメジャーデビューした。活動再開とメジャーデビューという錦をまとって発売されたシングルは『解離性同一人物』。

 


『解離性同一人物』 (music video full version) / メトロノーム

 

「CDを買わなきゃ!」と思った私は、東京で途方に暮れた。
メトロノームに浸りきっていた高校生の頃、仙台でヴィジュアル系バンドのCDを買い求める女たちはみんな「スーパーレコード(スーレコ)」に行っていた。

私は、スーレコでメトのCDを買いたい。あのハートと指のマークがついたピンクのビニールバッグに、CDと特典のポスター、それから山盛りのチラシを入れてほしい(ピンクのビニールバッグは、友達とCDの貸し借りをするときに再利用する)。
でも、東京にスーレコはない。っていうか、もう仙台にもスーレコはない。2009年に閉店しているのだ。メトの無期限活動停止と同じ年だ。

 

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スーレコは、仙台駅から伸びるアーケードを「ハピナ名掛丁商店街」、「クリスロード商店街」、「マーブルロード大町商店街」と進み、「サンモール一番町商店街」の途中にある「ふれあい百店街・壱弐参(いろは)横丁」内にあった。

薄暗くてジメッとした細い道には食堂や飲み屋がひしめき、中高生がひとりで足を踏み入れるのは、たとえ昼間でもずいぶん躊躇した。それでも、同好の友達や先輩とくっつきながらのスーレコ通いを繰り返し、いつしかCDの発売日に一人でここを通ることも楽しみになっていた。 


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久しぶりに訪れた壱弐参横丁は、思い出のそれよりも明るくきれいだった。
暗さが深すぎて入ることも恐ろしかったトイレは、建て替えられてきれいに塗装されている。かつてのジメッと感は薄れ、新しいお店の木の香りや、飲食店からただよう仕込み中の肴の匂いが強くただよう。

 

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スーレコがどの区画に存在していたのか、もうパッと見ではわからなくなっていた。

狭いバーのカウンターで、飲み屋のママっぽいけだるげな女性が、昼食であろうエスニック風焼きそばをノロノロと口に運んでいる。赤い窓枠がオシャレなイタリアンの店前では、女子大学生三人組が並んで何を食べようかと相談中だ。野菜が入った段ボールを抱えた大きな男性が、私を避けて体を隙間にすべりこませるようにしてすれ違っていく。あの日のバンギャ、ロリータたちの姿は、どこにもなかった。


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 Googleで「スーレコ 仙台」と画像検索すると、あの頃のヴィジュアル系バンドのインストアイベント写真が画面に並ぶ。人とすれ違うのも困難だった狭い店内。ぎゅうぎゅうに並べられたCD。あったかい電球の光。
金髪が逆立っていようが顔が白塗りだろうが、そこで写真を撮るとアットホームな雰囲気になってしまう不思議な空間。そこに、もう二度と行けないのだということが実感となって押し寄せてくる。


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いま、仙台のバンギャたちはどこでCDを買っているのだろう。駅前のタワレコで買うという若い子もいた。ああ、きみはスーレコを知らないのか、と若者にとっては意味不明でしかない憐憫を露わにしそうになり、慌てて口をつぐむ。

 

スーレコで買いたかったメトのCDは、もうどこで買ったらいいのかわからなくなり混乱し、乱暴な気持ちでライブ会場とAmazonで手に入れた。
本当は、スーレコで買うつもりだったんだ。ピンクのビニールバッグに入れてもらうつもりだったんだよ。いったい誰に向けているのかわからない無意味な言い訳を、閉じた口の中で何度もつぶやいていた。

 

 

解離性同一人物

解離性同一人物

 

 

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