粥日記

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

井川楊枝監督 vs 知るかバカうどんさん。映画『ベースメント』 上映会に行ってきました

2016年11月11日、高円寺Pundit’でおこなわれた「昼間たかしプロデュース『ベースメント』 緊急上映! 知るかバカうどん vs アンダーグラウンド」を観覧した。

映画『ベースメント』は、映画脚本家、監督、ルポライターの井川楊枝さん最新作。
ルポライター・猪俣陽一(増田俊樹)と麻生(サイトウミサ)。彼らが1人の家出少女と出会い、また同時にJKビジネス、詐欺、ドラッグなどのアンダーグラウンドな世界と接点を持ってゆく様子を描く。

家出少女の女子中学生・星来役を、仮面女子の窪田美沙。JKリフレのNo.1リフレ嬢・心愛役を、ミス東スポ2015年グランプリの璃乃が演じた。世のアンダーグラウンドに飛び込む女子を現役アイドルたちが演じるとあり、上映前からファンの間では話題になっていた。

 

11月11日の上映会は、女性エロ漫画家・知るかバカうどんさんを招き、映画『ベースメント』に対する疑問や不満を井川監督へ率直にぶつけてもらおう! という企画だった。


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(左から、猪俣役・増田俊樹氏、監督・脚本・井川楊枝氏、知るかバカうどんさんのサイン色紙を獲得した方、大河原役・成田賢壱氏)

 

知るかバカうどん「全然おもんない!」

 

初っ端から「おもしろくない!」と映画の感想を井川監督に叩きつけた知るかバカうどんさん(以下、うどんさん)。

「仮面女子のファンや、元々アングラが好きな人が喜ぶ映画になってしまっている。他の人にはわからない!」
「劇中で星来が読んでいる本が、関係者である昼間たかしの著書『コミックばかり読まないで』。身内感がイヤ!」
「監督がなんでこの映画を撮ろうと思ったか、全然伝わってこない!」

 

うどんさんは、『ベースメント』を見るのは2回目だという。
初めて見たときの疑問や不満が、2回目を見ても全然解消されないと、井川監督にどんどん質問をぶつける。

あまりの勢いに、言い過ぎでは……と不安になったが、うどんさんがここまで不満を持つのは理由があった。
実際にアンダーグラウンドな世界に深く入り込み、危険な目にもあいかねない内容を書き続けている井川楊枝さんのルポライターとしての姿勢と作品。うどんさんはそこに感銘を受けていたのだ。

「監督の『封印されたアダルトビデオ』を読んだら、ほんまに面白かった! なのにどうしてこの面白さが映画に出てないんや!」

自分の体験からリアルを描こうとするクリエイターとして、井川監督の著書を高く評価していたうどんさん。
予算の都合や大人の事情で妥協せざるを得なかった部分や、著書でリアルを突き付けてくれた監督のロマンチシズムを、もったいないと感じていたようだった。

 

うどんさんが不満に感じていた映画の「ヌルさ」。

猪俣のアシスタント・麻生は、ルポライターとして詐欺の現場を見守るに徹する猪俣に「良心は痛まないんですか? ルポライターって何なんですか!?」と詰め寄って正義感を見せる。
しかしその後に、え! さっきの正義感はなんだったの? と思わせるようなシーンが出てくる。

また、家出少女やJKリフレ、ドラッグなどの1つ1つのエピソードが、伏線ではなく独立した要素である点。
星来が空を見上げる、オカルトかつロマンチシズムを表現したシーン。

ルポライターとしての井川監督を知っているからこそ、もっと踏み込んで描写してほしかった、と感じた観客はうどんさんだけではなかったようだ。
多くの観客がうどんさんのファンだったということもあり、会場中から集中砲火を浴びた井川監督だった。

 

 

 積極的に「グレー」に身を置く矜持

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(井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』(彩図社)、『モザイクの向こう側』(双葉社)、知るかバカうどん『ボコボコりんっ!』(一水社))

 

私は、『ベースメント』は井川監督の「ルポライターとしての構え」を表現した映画だと思っている。
白黒はっきりせずヌルいのではない。積極的にグレーゾーンに身を置きに行くこと、その難しさと生きざまを描いていた。

「ルポライターの仕事は、一歩間違うとすぐに捕まってしまう(=当事者になってしまう)」と、井川監督は言う。

当事者になってしまうと、客観的なルポが書けない。
著書『封印されたアダルトビデオ』や『モザイクの向こう側』を読むと、自分の立場を客観的に判断しながら、常にグレーゾーンの中で立ち回るよう注意を払っていることが伝わってくる。
もちろん中に入り込んで、その世界の人たちの言葉を代弁するようなルポもとても面白い。
だが、井川監督のスタイルはそうではない。

 

 私は、普段、雑誌でAVのパブ(宣伝)記事を入れ込むこともあって、複数のAVメーカーや事務所と繋がっている。どちらかというと、AV業界に寄り添っているライターで、業界とは持ちつ持たれつの関係だ。しかし、強要問題が世間で話題となったとき、私は諸手を挙げてAV業界を擁護する立場には回れなかった。

(井川楊枝『モザイクの向こう側』P16)

 

 たとえ業界人であっても、メーカーとプロダクション、女優など、立場によって、それぞれが見ている姿は全く異なる。さらに言えば、どの年代からAV業界に関わってきたのか、その時期によってもAVの捉え方は違う。

(中略)

 仮に私がAV業界を擁護する側に立つのだとすれば、どの人が考えるAV業界像を支持すればいいのか。モザイクで覆われているだけあって、そこは非常に曖昧な世界だったのだ。

(井川楊枝『モザイクの向こう側』P210-211)

 

『モザイクの向こう側』は、社会問題になっているアダルトビデオ出演強要がテーマだ。

よく知らないまま強要問題のニュースなどを見ると、「AV業界と人権団体の対立」と簡単な図式に落として考えてしまうかもしれない。
実際は、メーカー、プロダクション、女優、一般女性、一般男性、男優、スカウトマン、映像制作者、AV雑誌編集者、ライター、カメラマン、人権団体、倫理団体、法律……などなど、どこの誰を軸にするかで、見えるものが大きく違ってきてしまう問題だ。
だから今、こんなにこじれている。

その上、どこかに所属しないと声をあげることが難しい現状がある。
外から見ているとHRNやAVANなどの一部の団体だけが戦っているように見えるのは、そのためでもあるだろう。
実際には、名前も出ない男優やスカウトマン、AV宣伝誌に数行のキャプションを書く泡沫ライター、業界のどこかで名前のつかないような仕事をしている人などにも、言いたいことがあるかもしれないのに。

そんな現状の中、井川監督は、どこにも所属しないグレーな陣地をとり、見てきたものを発信する立場をとった。
「お前は誰の味方なんだ」「反対するなら敵だ」と責められかねない業界と、この社会の中でだ。

 

「ルポタージュは客観性が大切」と、穏やかに話していた井川監督。
グレーゾーンを自分の立ち位置と決めたのは、どっちにも良い顔を見せるコウモリになるためではない。

『ベースメント』で、啖呵を切って正義感を見せた麻生が「自分の正義」を貫かないところ。
1つ1つのエピソードを、無理やり他のエピソードと繋ぎ合わせないところ。
アンダーグラウンドな映画に突然登場する、ロマンチックなアイドルのシーン。

どれもうっかりそうなってしまった描写ではないだろう。
ある一方に偏り過ぎたら別の方向にグッと引き返したり、方向転換したりする。井川監督のルポライターとしての姿勢に近い表現だったのではないだろうか。
私はとっても誠実に感じたし、どれも好きだと思った。

 

「1つ1つのエピソードを繋ぎ合わせず、話がどこかに落ち着くわけでもない。
 その支離滅裂さが、快感になるんじゃないかと思った」

「『ベースメント』はなぜこういう構成なのか」と聞かれたときの、井川監督の答えだ。
井川監督は、ルポライターという仕事のバランス感覚に、快感を覚えているのかもしれない。



映画『ベースメント』公式Twitter

https://twitter.com/basement930

 

ベースメント

ベースメント

 

小説版『ベースメント』は、2017年1月10日発売予定。