粥日記

A fehér liliomnak is lehet fekete az árnyéka.

婦人科への行きにくさについては、もっとケアとアプローチが必要だと考えた話(※追記あり)


性交の経験がある人でも婦人科受診に抵抗があるのはどうして? - Togetterまとめ

 

 わたしは婦人科の受診にあまり抵抗がありませんが、それは婦人科検診などの検査の必要性を自分事として感じているからと、婦人科の医師(や他人)に諦めの気持ちがあるからです。期待がなくなってしまったとも言えます。

 今まで、いくつかの地域で合わせて5~6件くらいの婦人科・産婦人科を数回ずつ受診したことがありますが、行って良かったなと思ったのはそのうち1~2回でした。

 

 わたしがよくがっかりするのは、「検査の後に血が出る(場合もある)」ということを事前に説明されないときです。粘膜を採取する検査の時は綿棒か何かでそれを擦り取るために、検査の後に出血することがあるのですが、それを検査前に言われたことがありません。検査が終わってから「血が出てるけど、粘膜を取ったから当たり前!気にしないでね~」と言われます。
 綿棒で擦ったために血が出るのだから、そのうち止まるし大丈夫だ。そう理解はできますが、心の準備ができていません。そもそも「粘膜を取る」という検査内容を、下着を脱いでから診察台の上で聞くこともあるので、心の準備をする心の用意もできないのです。
 生理以外で自分の性器から血が出ることは、普段だったら結構不安になる現象です。自分の体を大切にしたいために多少知識があれば、不正出血は「病院に行こうかな、どうしようかな…」と悩みます。出血のことを全然「当たり前!」と思えなくて不安になります。
 それから、その出血で下着が汚れるのも困ります。パンティライナーを常に持っているわけではありませんから、「はい終わり!次は診察室ね」と置いて行かれて「え、どうしよう…」と着替えの前で立ち尽くすこともありました。女性の医師がいらっしゃる病院や、割と新しめの病院では、検査後に使っても良いパンティライナーが置いてあることもありましたが、そうではない病院でオロオロとしていると着替えを急かされたことがあり、それも悲しい思い出です。
(その際は、「パンティライナーいただけますかって言っていいのか?」「何も声かけられないということは、そのまま下着を履くのが普通なのか?」など色々と悩んだ結果、そのまま下着を履いて帰りました。)

 

 上記は個人的な一例ですが、その他にも「どういう器具が体に入っているのかわからない」「今行われているものが何の検査かわからない」「普段の性行為に対して医師の価値観で口出しをされた」「知識のなさなどを馬鹿にされた」「医師の価値観で罰や苦痛を受けさせられた」「理不尽に怒られた」など、婦人科で不安な思い、嫌な思いをしたという声は多いですし、わたしも経験があります。

 複数の不安要因が繰り返し起こったために、わたしは「自分の体のために必要だから行くけれど、苦痛があるので信頼できない」という気持ちでいます。このような経験は、「性交経験のあるなし」は関係ありませんよね。

 

 

 こちらのお医者さんは、体を触られることの引き合いとして「美容院やアロマテラピー」を挙げているところが、どういう認識なのかよくわからないなと思いました。これは、お客さん扱いされるかどうかという話ではないと、わたしは思います。
 ポイントは、体を触られる際に「自分が望む処置かどうか」「自分が内容を具体的に把握している処置かどうか」「自分が『これは違う/嫌だ』と思った時に止められるかどうか」というような部分の違いではないでしょうか。そう考えると、違いは明らかですよね。

 検査内容はほとんど選べませんので、「自分が望む処置」「自分が内容を具体的に把握している処置」ではないことが多いように思います。また、病院では医師の判断で多くのことが進みますので、「『嫌だ』と思ったら止められる」ことも中々少ないです。(検査内容が選べないことを悪いと言っているのではなく、美容院などと比較した場合に現実がそうだという話です。)

 信頼というものは相互理解により生まれますが、現状、医師も患者の「望む処置」「把握している処置」「嫌だという気持ち」を理解していないし、患者も医師の「これから行う処置」「なぜ性行為などプライベートなことを聞くのか」など言動の理由を理解できていません。そこに信頼がないのは当然で、「どうして婦人科に行きづらいの!?」という疑問は投げかける前にもっと理由を深堀りできたと思います。

 

 もし、これからお互いにより良い関係になっていきたいと思うのならば、相互理解をはかることが必要ではないでしょうか。そのためには、まだ婦人科についてよく知らないひとに「婦人科に行かないと将来困るんだぞ!子どもが産めなくなったら取り返しがつかないんだ!」などと脅すことは論外ですし、「彼氏にはセックスさせるのに、婦人科に来れないのはなぜ?」などという意味のわからない比較をして患者への理解がないことをひけらかすことも避けた方が良いです。(わたしは、「彼氏にはおっぱい触らせてるくせになんで俺はダメなんだ!」という意味不明なセクハラと似た印象を受けてしまいました。)

 

 例えば病院の方では、病院のサイトなどで「この病院では、行う処置についてきちんと説明します」などの安心感を持ってもらうための約束を記載することや、検査前に患者が納得感を得られるまで処置の説明を行うことができるかと思います。歯科のように「怖い、痛いと思ったら、こういうサインをしてください」と声掛けすることを業界内で徹底することも、今後していけることではないでしょうか。
 性行為などの大変プライベートなことを話しますので、それを口外しないこと、相談をされたわけではないのに性行為への余計なアドバイスをしないこと、逆に、性行為や悩み、行われる医療処置についてどんなことでも質問して良いということを伝えることもできそうです。

 患者の方では、心理的ハードルが高いのはわかりますが平気で定期的に通っているひともいますので、そういうひとに話を聞いたり、病院を紹介してもらったりして、自分の体に責任を持とうとしてほしいと思います。
 婦人科行きにくい問題は、ネット上ではありますがこうして議題に挙がっていることですので、きっと今の状況を改善していきたいという医師も増えている、はずです。患者や社会の問題に敏感な医師は、シンポジウムや勉強会、講演会に参加していらっしゃる場合もありますので、医師の名前で検索して、どういう姿勢で患者や社会と向き合おうとしているのか探るのも1つの手段です。勉強会や講演の内容である程度見極めるという病院の選び方もあります。

 

 今回わたしは、産婦人科の医師が、産婦人科で出産したお母さんに「お子さんに生理が来たら(精通があったら)婦人科に連れてきてね」と声をかけることも未来につながるかなと考えました。出産後すぐではなく検診の際とかにですね。現実味があるかというと草の根的過ぎるかもしれませんが、今の40~50代くらいの方々は「婦人科は妊娠したら行くもの」という意識があると聞きましたので、そういった認識を取り払うために良いかなと思って。医師に言われたら「あ、そういうものか」と思うひとも増えそうです。
 学校での性教育はまだまだ画一的ですので、生理、精通があった子どもに個別にカウンセリングや指導ができる場としての婦人科というのは、上手くいけばとても信頼できそうですし、個別対応の安心感や特別感もあり、自分のときにもあったら良かったかもなあと思います。

 また、学校でも養護教諭が生理痛などで保健室に来る子どもに「婦人科に行ってみようよ」と提案できるようになるといいかもしれませんね。

 現実的かどうかは置いておいて、わたしはそんな風に考えました。個人の意識ではなく、社会全体の意識を変えていく方にも力を入れてほしいなと。

 

 婦人科行きづらい問題は、医師の方が悩んでいらっしゃるように、女性の方も「行けない」「行っていいのかな」「行ったけど苦痛」と悩んでいます。「行かなくていいよね~w」とヘラヘラしている女性は、少なくともわたしの周りにはほとんどいませんでした。さらに、相互理解や社会の意識変化の他にも、若年層女性の貧困問題であったり、セクシュアリティ問題であったり、まだまだ色々なケアとアプローチが必要です。

 しかし、「性」という極めてプライベートなことをお話しする場ですので、上手くいけばかえって「一番の相談相手」にもなれるのが婦人科だと思います。そのような存在になっていただけるように、「美容師やセラピストや彼氏には触らせるのになんで!?」ではなく、もう一歩理解を示し、歩み寄っていただける余地はあるのではないでしょうか。

 わたしもいつか、「婦人科はいつもこうだ……」という諦めの気持ちではなく、自分のために積極的に会いに行ける婦人科医の方に出会えるといいなと願っております。

 

 

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▼1/21 追記


産婦人科医としてというより、個人的に内診について思うこと - tabitoraのブログ